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母の日の起源と由来 /はじまりの話アンナ・ジャービスとカーネーション | 思いだし にっき
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母の日の起源と由来 /はじまりの話アンナ・ジャービスとカーネーション

 

5月には、子供の日の後には母の日があります。

5月の第2日曜日と決まっていますが、この日が母の日になったはじまりや、日にちの決まった経緯なんて何も知らないで、母の日だからとお祝いを考えていました。

もしかして、あなたも?

訳をしりたいですよね(^^ そこんとこどうなの?ということで調べてみました。

 

母の日の起源 由来

日本でこの日が「母の日」となったのは、1937年(昭和12年)5月8日に、第1回「森永母の日大会」というのが豊島園で開催され広まったことから。

その後、1949年(昭和24年)ごろからアメリカに倣って5月の第2日曜日に行われるようになったということでした。

記念日でも行事でもなく?、慣習として広まったんですね。

 

母の日のはじまり

母の日というのは、各国にあるようです。

時期も国それぞれ、始まりの意味もいろいろあるようです。

どんなことが行われるのかもさまざま。

母の日の起源は諸説ありますが一般的には「100年ほど前のアメリカ・ウェストヴァージニア州で、アンナ・ジャービスという女性が亡き母を追悼するため、 1908年5月10日にフィラデルフィアの教会で白いカーネーションを配ったのが始まり」という話です。

そうなると、なんで個人がやったことがそんなに国中に広まったの?とか

カーネーションていうのは、その時配ったからという理由?

赤いカーネーションじゃなく白なの?

その流れって・・そのアンナの母親って特別な人?なんていうことも気になりますよね。

 

アンナ・ジャービス

アンナの母親はアン・ジャービスといって、

南北戦争中に敵味方問わず負傷兵の衛生状態改善のために地域の女性を結束させる

という活動していたということです。

アン・ジャービス

アンの活動にヒントを得て、南北戦争終結後の1870年に女性参政権運動家のジュリア・ウォード・ハウが、夫や子供を戦場に送ることを今後絶対拒否しようと「母の日宣言」というのを発しました。

でも普及しなかったんですね。

アンの死後2年経った1907年5月12日に娘のアンナ・ジャービスが亡き母を偲び、母が日曜学校の教師をしていた教会で記念会をもち、白いカーネーションを贈ったのが起源とされています。

この風習は1910年、ウェストヴァージニア州の知事が5月第二日曜日を母の日にすると宣言し、やがてアメリカ全土に広まっていき、1914年には5月の第2日曜日が「母の日」と制定されました。

 

アンナ・ジャービス

つまり発端は戦死した兵士を悼み、後も平和のために活動する母親たちの日だったんですね。

そんな母を敬い慕いアンナはこの母の日を広める活動をしたんですね。

 

でもその後この祝日が商業利用(募金集めに利用されたり、カーネーションが高値で売買されるなど)されるようになると、「母の日」誕生の立役者だったアンナは資材を投げ打って反対運動に身を捧げたということです。

 

アンナの反対運動は失敗したようです。

そして、現在に至るまで「母の日」は広まりました。

「アンナにとって、その日は家に帰って母親と過ごし、母親のしてくれたことに感謝するための日だった」

と、ウェストバージニア・ウェズリアン大学の歴史学者アントリーニ氏は述べています。

 

「すべての母親を祝うのが目的ではない。自分たちの知る最高の母親、

すなわち自分の母親を、子どもとして祝うための日だった」

 

アンナがこの日を複数形の「Mothers’ Day」ではなく、単数形の「Mother’s Day」で呼んだのはそのためだとアントリーニ氏は言います。

うーん、自分の提唱したものが、利益のために利用されるとかが許せなかったというアンナの気持ちもわかる気がします。

現在と昔では、その利用のされ方というのも違っているのではないかと思います。

想像ですが、アンナが反発したのは、「母の日」という名目で、募金集めや金儲け・政治がらみの利用がされたことへの怒りではないでしょうか?

現在の日本で言えば、日頃の母親の苦労を労い、母へ感謝を表す日となってるので、アンナの元々の思いは伝わっていますよね?

それが広まったおかげで、普段は忘れているような人でも、母の日くらい、日々の感謝を込めて母のためになにか・・・と考えるわけですから。

自分の母親を子供として祝うというのはその通りになっていますよね。

まぁ、利用されたと言えばそうですけど。

現在では花屋とか菓子屋とかが商売として利用しているくらいで、昔のように、その名を利用して募金集めをするというのでもないだろうし。

商業ベースに乗るか乗らないかは本人次第です。

 

 

日本の母の日

ちなみに、日本では1913年に青山学院で、母の日礼拝が行われました。

アンナ・ジャービスから青山学院にメッセージが届き、当時青山学院にいた女性宣教師たちの熱心な働きかけで、

日本で「母の日」が定着していくきっかけとなったとされています。

初めて母の日のイベントが行われたのは明治末期頃で、1915年には教会で お祝いの行事が催されるようになり、徐々に民間に広まっていったと伝えられています。

大日本連合婦人会が1931年(昭和6年)に結成され、その際、同組織は皇后様(香淳皇后)の誕生日である3月6日(地久節)を「母の日」としたようですが、普及しなかったということです。

1937年(昭和12年)5月8日に、第1回「森永母の日大会」(森永母を讃へる会主催、母の日中央委員会協賛)が豊島園で開催され20万人もの人が招待されました。

その後、1949年ごろからアメリカに倣って5月の第2日曜日に行われるようになったという経緯があるようです。

母の日にカーネーションを贈るわけ

母の日は、長い歴史の中でカーネーションを贈る日と定着していますが、本来は日頃の母の苦労をいたわり母へ感謝を表す日なのです。

 

カーネーションを贈るようになったきっかけのひとつには、アンナの母、アン・ジャービスの好きな花というのがあります。

また、カーネーションの花言葉は「母の愛情」、5月の誕生花でもあります。

カーネーションが定着した他の理由としては、アンナの言うように商業利用のひとつとも言えますね。

時期になるとカーネーションの価格は上がるようです。

アンナの意志というか、思いで言えば、カーネーションである必要はないわけですよね。

自分の母親の好きな花が一番だと思います。

花言葉にしても、知っている人は知っているというところなので、それにかける必要もないので、花を贈るとしたら、と考えた時、これが定番ですというのがあれば便利というくらいですね。

赤いカーネーションは健在な母に、亡くなっている母には白いカーネーションとありますが、これも、拘る方は、元気なのに白いカーネーションを贈られるといい気はしないかもしれませんが、そのお母さんが白が好き、というのなら

「お母さんは白が好きでしょ、だから白いカーネーションにした」と伝えれば気持ちは通じると思います。

 

母の日とは さいごに

お母さんに感謝を込めて何かしたい・・・というなら、

花に拘ることもないので、他のプレゼントでもカードでも、お手伝いをするとか、一緒に出掛ける・・・感謝の気持ちがあればなんでもよいと思います(^^)

あなたの気持ちが一番うれしいはずですから。

本来の意味というか、はじまりの話がわかったところで、知る、ことの大事さも実感しました。

今度の母の日には、あなたは感謝の気持ちを贈りますか?

なにがいいかわからなくて迷っている・・
というならこちらに「迷っているあなたへ」の記事を書きました(^^)
参考にしていただけると幸いです。

母の日や誕生日に本当に喜ばれるプレゼントを贈るには?

母の日にはあなたらしい感謝の気持ちを伝えられるといいですね(^^)

 

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